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那覇地方裁判所 昭和51年(ワ)318号 判決

原告

ベテイ・ジエイ・クラーク

被告

赤嶺善一

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは、連帯して、原告に対し、金二三〇〇万円及びうち金二〇〇〇万円につき昭和四八年七月二三日から、うち金三〇〇万円につき本判決言渡の日の翌日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

二  被告ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告赤嶺善一(以下、被告赤嶺という。)は、昭和四八年七月二三日午前一〇時二〇分頃、被告株式会社小禄運輸(以下、被告会社という。)所有の大型牽引車(車両登録番号1R―三二一八)を運転して浦添市字牧港在マチナトサービス地域一三一八号建物前路上を進行中、折から一般乗合バスから下車して車道を横断中のデニス・ウエイン・ウエツツエル(当時一〇歳)に自車右後輪を衝突させて同人を道路上に跳ね飛ばし、よつて、同日午前一一時一三分頃、頭蓋底骨折、骨盤骨折により同人を死亡させた。

2  右事故は、被告赤嶺の次の過失により発生したものである。

当時、米軍基地内では、バスが停車して客の乗降中、運転手は運転席の左側車体外部に「STOP」との記載のある一時停車標識を出し、後続車はこの標識に従いバスの後方で一時停車してバスの発進を待つ、との慣行があつた。本件事故現場は米軍基地内であり、亡デニスの下車した一般乗合バスは「STOP」の標識を出して停車中であつたし、被告赤嶺は、右バスが客の乗降のため停車しているのを認めたのであるから、バスの前方から人が飛び出すことを予想して、一時停車をするか、又は減速して警音器を使用しつつ十分前方を注視して通過すべきであつた。しかるに、被告赤嶺は、右注意義務を怠り、一時停車をしてバスの発進を待つことをせず、減速も警音器の使用もしないまま、バスの側方を漫然と通過した結果、バスの前方を横断中であつた亡デニスに自車右後輪を接触させるに至つたものである。

3  事故車は被告会社の所有であり、被告赤嶺は被告会社に勤務する運転手であつて、被告会社の業務に従事中本件事故を発生させたものであるから、被告会社は、自賠法三条の運行供用者として、本件事故につき損害賠償義務がある。

4  本件事故により生じた損害額は次のとおりである。

(一) 亡デニスの逸失利益 二〇〇〇万円

亡デニスは死亡当時エレメンタルスクールの五年次に在学中であつた。同人がエレメンタルスクールのみで学業を終え、就職したとしても、アメリカ合衆国統計局の学歴別平均収入表によれば、一八歳から死亡時までの収入は三四万四〇〇〇ドルであり、生活費を七〇パーセントとみても一〇万三二〇〇ドルの実収入がある。これから亡デニスの死亡時から一八歳に達するまでの八年間の養育費九六〇〇ドルを差し引いても、亡デニスは本件事故によつて九万ドル以上の得べかりし利益を失つたことになる。原告は相続により亡デニスの権利を承継したので、本訴ではその一部として二〇〇〇万円の損害賠償を請求する。

(二) 慰謝料 五〇〇万円

亡デニスは原告の唯一の男の子である。原告は亡デニスの将来に期待を抱いてきたので、同人の死亡による精神的苦痛は甚大である。よつて、原告の右苦痛を慰謝すべき金額としては、五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告は原告訴訟代理人両名に本訴の提起及び追行を委任し、その報酬として三〇〇万円を支払うことを約した。

5  原告は、自動車損害賠償責任保険により五〇〇万円の給付を受けた。

6  よつて、被告両名に対し、前記4項の合計二八〇〇万円から前項の五〇〇万円を差し引いた二三〇〇万円並びにそのうち二〇〇〇万円については不法行為の日である昭和四八年七月二三日から、そのうち三〇〇万円については本件判決言渡の日の翌日から、それぞれ完済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  被告両名の答弁

1  請求原因1項中、原告主張の日時及び場所において被告赤嶺が原告主張のトラツクを運転して進行中であつたこと、原告主張の日時に亡デニスが死亡したことは認めるが、その余は否認する。

2  同2項中、被告赤嶺が被告会社に勤務する運転手であつて、被告会社の業務として自動車を運転中に本件事故が発生したこと、被告赤嶺においてバスが客の乗降のため停車中であることを認識したことは認めるが、その余は否認する。当時、米軍基地内では、スクールバスが停車して「STOP」の標識を出している場合には後続車に一時停車義務があつたが、一般乗合バスに関しては一時停車義務ないしその慣行がなかつた。また、被告赤嶺は、制限時速五〇キロメートルの事故現場付近道路を時速三五キロメートルで進行していたが、一般用乗合バスが停車しているのを認めて、時速二二・三キロメートルに減速し、前方を注視しつつバスの左側方を通過したものであつて、亡デニスは、事故車がバスの側方を通過し終るあたりで事故車の右後輪に触れ、事故に至つたものである。

3  同3項中、事故車が被告会社の所有であること、被告赤嶺が被告会社に勤務する運転手であつて、被告会社の業務に従事中本件事故を発生させたことは認めるが、その余は否認する。

4  同4項の損害は否認する。原告が亡デニスの相続人であることは知らない。

5  同5項の事実は否認する。

三  被告会社の抗弁

被告会社及び被告赤嶺は本件大型牽引車の運行に関し注意を怠らなかつたもので、右牽引車には構造上の欠陥又は機能の障害がなく、本件事故はもつぱら被害者の過失によつて生じたものであるから、被告会社には運行供用者責任がない。

四  抗弁に対する原告の認否

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  成立に争いない乙一ないし三号証、証人大城康弘(第一、二回)の証言及び被告赤嶺善一本人尋問の結果によれば、被告赤嶺は、昭和四八年七月二三日午前一〇時二〇分頃、被告会社所有の大型牽引車インタナシヨナル一九六五年型(車両番号BOOTMP八〇一九)一両にシーランドのコンテナーを積載した被牽引車を連結して浦添市牧港第二兵たん部隊内NOOアンドEMクラブ前の車道上を運転進行中、車道を歩行して横歩中の米国人デニス・ウエイン・ウエツツエル(当時一〇歳。以下、亡デニスという。)を被牽引車の右後輪で轢過し、これにより同日午前一一時一三分頃、中頸郡北谷村在米国陸軍病院において心臓・肝臓及び脾臓破裂等により失血死するに至らしめた事実が認められ、反証はない(右日時に被告赤嶺が被告会社所有の右車両を運転進行中であつたこと及び亡デニスの死亡時刻の点は当事者間に争いがない。)。

二  本訴は渉外的法律関係に関するものであるところ、法例一一条一項によれば不法行為についてはその原因たる事実の発生地法が適用されるから、本件で準拠すべき法は日本法である。

三  そこで、被告赤嶺について不法行為責任が成立するか否かについて判断する。

本件事故当時の情況を検討するに、前掲各証拠に成立に争いない乙四号証を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は米軍基地内の幅員一一・二メートルのアスフアルト舗装車道上であり、車道の両側は広々とした芝生で、歩道は芝生の中に設けられており、進路前方及び車道の両側の見通しはよい。米軍の設置した道路標識により、速度は最高時速五〇キロメートルに制限され、事故現場の前方約二五メートルにはペイント及び標識柱で表示された横断歩道がある。事故当時、天候は晴天で、交通量は少なかつた。

被告赤嶺が前記車両を運転し、時速約三五キロメートルで事故現場の手前を進行してきたとき、前方のバス停留所で車道右端に一般用乗合バス(米国人専用のもの)が停車し、客の乗降中であつた。同被告は、これを認めたので、減速しながら右バスに接近し、バスの左側面に沿つて、約一ないし一・五メートルの間隔を保ちつつ、時速約二二、三キロメートルでバスの前方を注意しながら進行した。亡デニスは、右一般用乗合バスから優先順位に下車し、バスの二、三メートル前方の車道上をバスの進行方向からみて右から左に正面を向いたままで小走りに横断し、目の前を通過中であつた被告赤嶺運転の大型牽引車の被牽引車最後部右側の車輪付近のコンテナーに顔面を衝突させ、次いでその車輪付近に倒れ込み、その車輪に轢過されるに至つた。この間、被告赤嶺は、牽引車前部左側にある運転席からバスの前方を注意しながら進行し、被牽引車の最後部がバスの側方を通過し終つたら転把して進路を右に修正するつもりで、右側のサイドミラーに注意を払つていたところ、被牽引車の右後輪あたりで亡デニスが被牽引車の車体下部に飛び込むように見えたので、直ちに急制動の措置をとり、バスの前方に停車した。亡デニスが轢過されたと推定される地点に血痕があり、同地点はバスの運転席から六メートルの位置にあつた。加害車両のタイヤの通過痕が左側部分に一六メートル、右側部分に九・八メートル存在したが、右一六メートルのタイヤ痕は推定轢過地点のあたりから始まつていた。被告赤嶺が運転していた車両は、牽引車、被牽引車をあわせて(以下、この意味でトレーラーという。)全長約一六、七メートルであり、その最後部車輪(片側で四輪)の位置は、被牽引車の最後尾から約二ないし四メートルのところにあつた。

右のとおり認定でき、右認定を左右すべき証拠はない。

ところで、原告は、当時米軍基地内では、バスが客の乗降中に車体外側に「STOP」との記載のある標識を掲出した場合、後続車はバスの後方で一時停車してバスの発進を待つ慣行があつたと主張するところ、成立に争いない甲五号証及び証人大城康弘の証言(第二回)によれば、本件事故当時、米軍基地内では、スクールバスが「STOP」標識を掲出して停車している場合、後続車はスクールバスの後方に停車してスクールバスの発進を待つとの慣行があつたこと、一般乗合用バスにおいても運転手は必要に応じて右標識を掲出することがあり、掲出した場合に後続車が停車することはスクールバスにおけると同様であつた事実を認めることができるが、成立に争いない乙一号証、証人大城康弘の証言及び被告赤嶺本人尋問の結果によれば、本件事故当時、前記バスは「STOP」標識を掲出していなかつた事実が認められるから、右の慣行によつても、本件の場合、被告赤嶺がバスの後方で停車してバスの発進を待つべきであつたとする根拠は見出し難い。

しかしながら、およそ客が乗降中のバスの側方を通過してバスの前方に出ようとする車両の運転者は、降車した客がバスの前方を通つて自車の進路に進入してくることあるべきを予想し、万一に備えて徐行し、注意を払いつつ進行すべき義務を負うものというべきである。ただし、右にいうところの徐行とは、道路交通法七〇条の安全運転義務に基づくものであるから、道路・交通及び当該車両等の具体的状況に応じたそれで足りることはいうまでもない。

本件においては、現場は車両、人とも交通閑散な米軍基地内の車道上であり、前方及び左右とも見通しは良好で、現場近くには横断歩道が設けられ、被告赤嶺の運転席は左側でバスの前方を横断する歩行者を発見しやすい位置にあつたのであるから、天候が晴天で路面がアスフアルト舗装され、摩擦係数が高いこととも合わせて、バスの側方を通過する各種の場合の中でも最も運転者に良好な運転条件を備えていたものということができ、被告赤嶺が時速約二二、三キロメートルに減速しただけで側方を通渦しようとしたことをもつて前叙の意味における徐行義務を怠つたものとは言い難い。もつとも、被告赤嶺が運転中の所謂トレーラーは、牽引車、被牽引車を合わせると長大且つ重量も大であり、制動が油圧式より効率の高い空気圧によるものであつた(この点は被告赤嶺本人尋問の結果によつて認められる。)とはいえ、他車種に比較すると制動距離は長いと推定されるから、それに応じた減速徐行が必要なことはいうまでもない。そして、同トレーラーのタイヤ痕が左側部分で一六メートルにわたつて存在したという事実は、被告赤嶺の徐行の程度について疑問を残す余地があるものではあるが、一般の車両における時速二二、三キロメートルの場合の制動距離約二・七七メートル(路面が乾燥アスフアルトの場合)と比較するとあまりにも較差があり(制動距離一六メートルは一般車両では時速五五キロメートルとなる。)、被告赤嶺がその本人尋問の際に述べる、右タイヤ痕は制動痕ではなく走行痕であり、制動痕は三ないし四メートルである旨の供述は、トレーラーの走行速度が「二〇ないし二三キロメートル」(証人大城康弘の第一回証言)「ゆつくりと進行しつつあつた」(目撃者マリアン・ストラチヤーの証言。乙三号証)との証拠と照合すると直ちには排斤し難いものがあるといわなければならない。

そして、秒速二二、三キロメートルの車の秒速は約六・二五メートルであり、前述トレーラーの全長と推定轢過地点のバスからの距離からすれば、トレーラーはその最前部がバスの最前部と並んだ地点から亡デニスとの接触時までにトレーラーの全長程度の約一六、七メートルを進行したものと推定され、これに要した時間は約二・五六秒ないし約二・七二秒となる。一方、一〇歳の児童の小走りによる速度を仮に時速五キロメートルと想定した場合、秒速は一・三九メートルであり、車道右端から推定衝突地点までの距離は車道片側幅員五・六メートルとトレーラーの幅員からして約三・五メートル程度とみられるから、亡デニスが横断を開始してからトレーラーと衝突するまでに要した時間は約二・五一秒となる。

以上の検討結果からすると、被告赤嶺がバスの最前部に並ぶ位置に達した時点では亡デニスが車道を横断を開始していなかつたと推認され、亡デニスはトレーラーの車体がバスの最前部より前に出ている時点で横断を開始し、そのまま進行して被牽引車の側面に衝突し、本件事故に至つたものと認められるから、被告赤嶺に本件事故に対する過失責任が成立する余地はないものといわなければならない。

四  進んで被告会社の運行供用者責任について検討するに、叙上の判示によれば、本件事故は、被告赤嶺の過失や被告会社の運行上の不注意によつて生じたものでもトレーラーの構造上の欠陥又は機能の障害によつて生じたものでもなく、もつぱら亡デニスの前方通過中の車両に対する注意不足によつて生じたものというべきであり、自賠法三条但書による免責を主張する被告会社の抗弁は理由がある。

五  そうすると、その余につき判断するまでもなく原告の請求はすべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

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